出会い系で宗教について話せずにつらかった

出会える機会を得ても、その後も様々な障壁が出てくる

そもそも、出会いの場がないと言うことが大きな障壁なのですが、出会い系のサイトなどを利用して出会える機会を得ても、その後も様々な障壁が出てくるものです。
一縷の望みにかけて利用を始め、なんとなく可能性を見出してきてもさらにその先にはなかなか進めないと言う人も多くいるのが現状でしょう。
特に信仰者はモラル等を強く求める傾向があるため、その場限りの関係がなかなか許せないと言うこともあり、せっかくいい感じになっても真剣に交際したいと言うような申し出をして重たいやつだと思われてしまうことも多くあると思います。
同じ教義を信仰している人同士のマッチングアプリなど、より限定的なサービスが出てくればおそらくもっと出会いの場が増え、さらにうまくいく確率も高くなるのだろうと青写真を描いていますが、そんなサービスはあまり利益にならないだろうと言う事は容易に想像できます。
人生をより豊かにし、人々を正しい方向に導くための宗教なのに、それを信仰している人がいろいろな面で不自由してしまうというのはなかなか皮肉なものだと言えます。
多くの人は別に身分を隠して勧誘を必要としているわけではないにも関わらず、やはり信仰者であることをカミングアウトするとそれまでいい感じでやりとりをしていたり、実際に何度か会って食事をしたりしていても一歩引かれてしまう場合が多いと言うのもよく聞く話です。
アプリやサイトを利用している人に伝えたいのは、何も怖がったり警戒したりする必要はなく、我々も他の利用者と同じく素敵な出会いを探している一利用者であると言うことを理解してほしいと言う点です。
それがなかなか難しいのが、現在の日本社会においていかに信仰を続けていくことが難しいのかと言うことにもつながっていくのではないでしょうか。

最近はいろいろな出会い系のアプリやサイトがある : 信仰者、特に教会組織などの後継者の晩婚化やなかなか結婚できない : 出会える機会を得ても、その後も様々な障壁が出てくる